Cast

大場みなみ 飯田芳

山崎陽平 中野目理恵

小倉一郎 レイ・アルフォンソ正田

熱海釜山レイ 正木凪碧 正木碧

Staff

監督・脚本 / 山本英

脚本 / 山崎陽平

プロデューサー / 佐野大

撮影 / 李子瑶

照明 / 薛白

サウンドデザイン / 織笠想真

美術 / 加藤瑶子

衣装 / 栗田珠似

音楽 / 村貫誠

編集 / 丹羽真結子

タイトルデザイン / 太田佳吾

Screening

第29回マルセイユ国際映画祭
初長編部門 正式出品

第40回ぴあフィルムフェスティバル
正式出品

2018年 / 110分 / 16:9 / 5.1ch / カラー

STORY

結婚を考え始めた遼に対し、乗り気じゃない
沙良。互いの溝を埋めようとした3泊4日の
旅行でも二人の心はすれ違う。漠然とした
将来への不安から未来像を描けない男と女。
それぞれの「愛」と「I」は交差していく。

誰もがよく知っている熱海が、異国の土地に変貌する。台詞にもあるように、そこはイタリアだ。
まだ十分に若い、だがもうすごく若いわけではない恋人同士の男女も、どこか日本人であることから逃れようとしているかに見える。これは『イタリア旅行』のリメイクなのだ、そんな予感が頭をよぎる。もちろん、山本英は1953年のロベルト・ロッセリーニではない。2017年に撮影された日本映画として、この作品は端正な瑞々しさと奥ゆかしい大胆さを身に纏いつつ、ここにある。
『イタリア旅行』のあの奇跡のラストシーンとは全く異なった、だが同じくらい唐突で愛すべきラストショットが、あなたを待っている。
佐々木敦(批評家)

行き当たりばったりに熱海を旅行するカップル。ジャンルとしては観光映画と言っていいこの分野が、ここまでの可能性を秘めているとは思わなかった。おそらく、監督の抜群のセンスのよさがこの映画を驚くべきスリリングなものに仕立て上げているのだろう。そのことは1カットごとに伝わってくる。
つまりそれは、山本による熱海の思い出と考察...まるで『フェリーニのローマ』じゃないか!
黒沢清(映画監督)

観光地は、主人公のカップルたちを彼らの世界から切り離し、互いの存在へと向かいあわせる舞台である。同時に、観光というもう一つのフィクションが働く書き割りであり、彫刻や、山崎の傷や、地元の人々といった映画の外部世界の現実と物語を出会わせる装置となっているという点で、これは超現代版の「イタリア旅行」であると言えるかもしれない。眠りという宙吊りの場所で、危機を回避しつつ、彼女は「なぜ他の人ではなく、この人であるのか?」という深い問いを増殖させ、男はさして何もすることがない無為の時間の中で、必要のない未来の算段で時間を潰してゆく。一見無為な時間がただ過ぎていくかに見えるイメージの背後で、深い溝が広がってゆく演出は見事だ。目の前の不機嫌を取り繕うだけの男の謝罪などもはや届かない。二人が、さまよい込んでゆく森が、いつのまにか詩的な空間にダイナミックにねじれる変換にも、堂々とした映画構成の手さばきを感じる。神のいない世界で「イタリア旅行」の奇跡は起きるのだろうか?
諏訪敦彦(映画監督)

ヤシの木のオブジェに巻かれたネオンの装飾がバルコニーをにわかに照らしている。ホテルの食堂でひとり寂しく夕食を食べる女性の側では、孤独に咲くバラがほのかに香っている。東京からほど近い温泉街として知られる熱海が山本英の初長編『小さな声で囁いて』の舞台だ。ベトナム戦争の際に米兵の駐屯地であったこの街は、その後、慰安旅行や新婚旅行の旅先として重宝されたが今は衰退の一途をたどっている。主人公のサラとリョウは数日の小旅行を目的にこの地を訪れる。あてもなく熱海の街をさまよい時間を過ごしていくふたりの間には徐々に見えない距離が生まれていく。ゲームセンターや美術館、カラオケ・バーなど、彼らの訪れる場所はどこも人影まばらで寂れている。諸々の舞台装置が放つそうした退廃的な美しさのなかで、登場人物たちの感情は儚く移ろいでいく。それぞれに別の話し相手や別の道を見つけていくサラとリョウ。そこには嫉妬や懐疑心も生まれるだろう。肌に、壁に、そして繊細な配慮にもとずいて撮影された登場人物たちの表情に、肉体的・精神的な 傷跡が浮かび上がっていく。山本は穏やかな眼差しで深い眠りについたような熱海の街を見つめる。その眼差しのもとで静寂や親密な時間が自ずと語りだす。修復困難な愛の物語が熱海の街に映し出される。
リベラシオン(フランス日刊紙)

熱海が擬人化されている。山崎陽平は脚本を勉強するために入学してきたのに町を演じる俳優として花ひらいてしまって、わたしは声をあげて泣きました。 坂元裕二(脚本家、カルテットなど)

私はマルセイユ国際映画祭で『小さな声で囁いて』という映画に出会いました。それは決して劇的な映画ではない、私が好きな類の映画でした。これを「囁くような映画」とも呼べるでしょう。
一見、つまらなくも見える日常の美しさを理解するには我々も近付き、耳を傾けなければなりません。
恋人達に捧げられた場所、熱海の海辺のリゾートで二組のカップルが出会います。これはロメール映画の設定のように思われるますが、この映画ではロマンチックな事は何も起こりません。町には活気がなく、恋人たちは共にいることに疲れ、別れへと向かっています。なぜなら、この映画の本質は「時間の経過」にあるからです。
山本監督はこの二組のカップルが色褪せていく姿と熱海の街が変わりゆく姿を重ね合わせ、その時間を映していきます。
別れがあるにも関わらず、その瞬間を生き、もしくはもう少し愛し、海の静寂を眺め、街に身を馳せ、子供のように遊び、日々の人生と向き合う力を探しにまた新しい偶然と出会う。彼はそれらのことが貴重な瞬間として残ることを証明するために「時間の経過」を映し、我々に伝えています。
とても美しい映画です。そして私は山本監督の今後の作品も楽しみにしています。
ダミアン・マニヴェル監督(『若き詩人』『泳ぎすぎた夜』)

NOTES

観光地に訪れると、名前も知らない人達と出会うことがある。
その人達とは同じ時間、同じ場所を共有しているけれど、僕は
彼らのことを何も知らない。だけど時折笑い合ったり喧嘩をし
ている彼らを見ていると、なんだか昔から知っている人のよう
に感じることがある。そんな見知らぬ人達、見知らぬ僕たちを
知りたくて本作を作りました。
旅の終わりとともに僕たちはどこに帰るのか。